第22回定例朝食会「『複雑系』から読み解く医療システム」①     (中田力氏)
第22回定例朝食会では臨床医・脳科学者の中田力氏にお越しいただき、「複雑系」の観点から、医療システムを読み解く視点とアプローチについてご講演いただきました。


b0144534_10183286.jpg複雑系の国家に近づきつつある日本

まず、複雑系とは何かについてという話から始めます。簡単に言えば、現代社会においては「この世のすべてが複雑系である」と言えます。かつては、いろいろな要素が組み合わさり、どうなっていくかよくわからない系を複雑系と呼んでいました。次第に、社会構造までのすべてが複雑系と呼べるものだとわかってきた。

では、今なぜ複雑系なのか――。
 
このような場で、医学や社会学を引用してまで複雑系の話を持ち出す理由、それは日本に民主主義が根づいてきたからです。かつての、国民一人ひとりの行動を「お上」が徹底的に管理するような社会であれば、複雑系の行動学の考察など不要でした。しかし、日本でも誰かが人の行動を決定できない、一人ひとりが自由に行動しても良いという状況がつくり出されてきた。たとえば、アメリカは、一人ひとりの考え方がまったく違うため、ひとつの国家を形成するのは不可能といえるような国でした。そんな中、賢い人たちが統制をとろうと試行錯誤しているうちに、かえってガタガタになってしまった。そこで途中からは、「この際もう、あまり余計なことをするのはやめよう」と考えた。すると、不思議にもなんとなく安定感が生まれてきたのです。日本国家も、民主主義が進むにしたがって、少しずつそういう国家、つまり複雑系の国家に近づきつつあるのです。

すでに自国を複雑系として扱うアメリカ

さて、アメリカは最終的には、自国が複雑系だと理解し、国家全体の扱い方を複雑系のそれに転換していっています。政府は学者の言説に耳を傾けるようになり、複雑系の取り扱い方を取り入れた政策を採用するようになりました。日本が今抱えているいちばんの問題点は、近代社会が民主主義を中心とした複雑系に変わっていく時期に、いまだに旧体制の時代と同様に上から国民に行動を押しつけるようなやり方をしている点です。医療ひとつ見てみても、どう考えても政策立案をしている人たちがバカだとは思えない。2つ目に、どう考えてみても、医療関係者たちが日本の医療を悪くしてやろうと思っているとも思えない。さらに、日本国民が愚かな人ばかりだということはまったく考えられない。つまり、すべての人間がまともに考えて、かつまた賢い人間がベストと考えることをやっているのにうまくいかない。なぜ、うまくいかないのか。それは医療を複雑系として扱っていないからです。

では、自国を複雑系だと認めたアメリカでは、実際、国策に複雑系を取り扱う方法を、どのように取り入れているのでしょうか。例として2つ挙げてみたいと思います。

ひとつ目は、ダイバーシティプログラム。物理学者たちは、アメリカのダイバーシティ、つまり多様性を維持するには扱うものを広げなければならない――社会学的に言いますと、移民を受け入れつづけなければならないと訴えました。北朝鮮のような国家にならないためアメリカは、実は1990年代に法律で、世界各地から無差別に移民を受け入れることを法制化しました。グリーンカードを公募だけで、ただの抽選だけで各地域の人間たちに与えるようにしたんですね。2つ目が軍隊のシステムです。たとえば、ある軍がどこかを攻めようとします。ところが、攻めろと言われたときに、どうも今日攻めると勝算がない気配がしたとする。そこで攻撃を止めたら、第二次大戦中ならば、上官に対する命令違反になります。しかし、現在のアメリカ軍では、それが許されています。最終決定を一人ひとりの一兵卒が決定できるのですね。なぜか。戦争が複雑系だと理解されているからです。

繰り返しになりますが、アメリカは、この30年で政治体系をはじめとしてさまざまな社会システムに複雑系を取り入れています。国家の成り立ちがあまりに多様で不統一なため、何をどこからいじっていいかわからない、思いもしなかった問題が噴出する。それらに科学的に対処するには、複雑系への対処方法を用いることが必要だと悟ったのです。

b0144534_10203047.jpg医師数増加で問題は解決しない

実は、医師の仕事は、患者さんを扱っている限り、実質的に複雑系で、医師はそれを理解しています。なぜなら、医学において「こうだからこうだ」と、断定的に言い切れることはひとつもないと知っているからです。人の健康には膨大な数の因子があります。医師は、基本的に自分たちはいつも複雑系を扱ってきたんだと理解するでしょう。

全体を見るのか、はたまた、それぞれ一つひとつの小さい部分を見ていくのかで、何をしたらいいのかが変わるのが、複雑系の特徴です。ところが、一つのシステム、全体を左右しているパラメータがあまりにも多すぎ、いろいろな要素が絡まっている場合には、どうしても見た目でAということが起こっていると、Aに対処しようとしてZを動かしてしまい変なことが起こってしまう。複雑系の特徴を理解していないと、こうしたことがよく起きます。

今、医療界が危機的状況にあるのは、医師の数が足らないからだと皆さんはおっしゃる。医師を増やせば、なんとかなるという発想が大勢を占めています。僕から言わせれば、何を言ってるんだかよくわからない。正しくは、医師の数が足らないのではなくて、「患者さんを診るちゃんとした医師が足りない」のだ。つまり、医療界を救うには「患者さんを診る医師」、「きちんと診察できる医師」を増やさなければならない。にもかかわらず、「医師が足らない」として、単純に数をオーダーパラメータにしようとしている。しかし、それに触ってしまった瞬間に、全体が、いい方向か、悪い方向かわかりませんが、ある方向に大きく変わってしまうのですよ。複雑系の難しいところを理解していないと恐ろしいことになります。

まずはオーダーパラメータを見つける

有名な雑誌『サイエンス』ではときどき、これからどういう時代に入って行くのかを示唆するときがあります。80年代に出た『サイエンス』には、「1+1=0です」とありました。つまり、これからはコンピュータの時代になると言いたかったのですね。そして、90年代になると「2+2=5です」と掲載されました。これからは複雑系の時代、非線形の時代に突入すると伝えようとしたのです。日本の社会では、なにがなんでも「1+1=2」にしようとしますが、もう、そういう時代ではない。やってみないと、どうなるかわからない時代になったのです。

政治的に自分たちが何かをするときに触るべきは、オーダーパラメータだけです。オーダーパラメータだけを触ってみて、全体像がどうなっていくか――つまり非線形を我々は眺めなければいけない。それが、実は非線形の扱い方です。医療は基本的には非線形で動くのであり、日本全体が複雑系の社会になったときには、やはりそれに呼応した対応をしない限り、自分たちが望む方向には決して社会は動きません。だからこそ、早急に、医療を対象にどういうオーダーパラメータがあるのかを見つけていかねばなりません。

医療で大切なパラメータはお金と医師

医療のひとつ目のオーダーパラメータはお金です。お金をいかに扱うかで、社会システムは常に変化します。経済に関してならオーダーパラメータをお金のみとし、その流通をコントロールすればいいのですが、医療はそれだけではうまく機能しません。医療に欠かせないオーダーパラメータがもうひとつある。それが、医師。つまり、お金と医師の2つのオーダーパラメータをいかに扱うかが、鍵なのです。相手が複雑系であればあるほど、細かな自分たちの目の前に見えてくるパラメータをいじってはいけません。簡単に言えば、医療でいう対症療法をしてはいけないのです。 目を転じて、今の日本政府は医療危機に対して対症療法だけをやっている。言ってしまえば、「この国の医療はもうだめだ」を前提にして医療行政を行っているとしか思えません。
 
同様に、現在、自分たちの目の前の医療危機が、いったいなぜ起きているかを考えてみると、何万というパラメータがありますが、非常に大きな要素になっているのが、お金と医師の2つ。したがって、その2つをもってすれば医療危機を脱せるでしょう。

b0144534_10225937.jpg正しい方法論を用いれば医療は救える

日本は、G7諸国の中でもっとも医療にお金を使っていない国です。お金を使わなければ医療制度はだめになるとわかっているはずなのに、アメリカにくらべておそらく6分の1くらいしかお金を使っていません。イギリスは、日本に先んじて医療費を削減しましたが、過ちに気づき、ブレア政権が医療費を倍増しました。現在、医療費は日本の2倍に達していますが、ときすでに遅く、医療制度は完全に崩壊してしまいました。幸いにして日本の医療制度は、まだ崩壊はしていません。医療におけるお金というパラメータは、とても重要です。あまりに医療費が少なすぎるのが問題なのですが、国民のコンセンサスなので仕方がありません。

もうひとつ、日本にとってきわめて大事なのは、先ほども申し上げましたが医師のコントロール。コントロールの解釈を誤解する人もいますが、僕の言う医師のコントロールとは、一人ひとりの医師が心配なく働ける状態を指します。医療にきちんと社会が目を向け、医師自身のとるべき行動にきちんとした規範がある。悪いことをした医師は、医師仲間が告発しなくともきちんと摘発される仕組みになっている。そのような状況にしない限り、日本の医療はボロボロになるだろうと思います。日本人は、本当にいい人ばかりなのですから、正しい方法論を用いれば日本の医療は救えると思います。

複雑系に関してはもう少し細かい話をしていけば、医療に関してもどんどんいろいろな要素、どういう組み合わせでパラメータを触ればいいのかといった話もできると思います。ただ、あまり難しいことを、かつまた細かく言ってしまうのは、かえって混乱を招く結果にもなる。そこで本日は、「複雑系」そして「オーダーパラメータ」という言葉を皆さんの頭に残すことを主な目的に話をつづけさせていただきます。

対象とするものの全体像を知れ

全体像を見る力は、人間に与えられた力のうちでもきわめて重要なもののひとつです。何かに取り組む際、いったい自分たちはどこに向かっているかの把握が大切です。すでに世の中は、どれだけ賢い人間がどういうことをやろうが、思い通りに動かせはしない。まず、それだけは、ご理解いただきたいと思います。

大切なのは、どういうものを扱うかをまず決めること。アメリカ時代のボスの表現を借りると、“Identify your problem”。彼はどういう会話においても、絶対になんのためにその会話をするかを言わない限り、何も話しません。批判も言わないし、どうしろとも絶対に言わない。常に会話を開始するための最初の条件は、“Identify your problem”。要するに何かを相談したいんだったら、何が問題の対象なのか、とにかくIdentifyする。それについて語れと言われました。

「蝶々効果」こそ、民主主義の基本

扱うべき対象を自分たちで決めたのち、その中で必ずオーダーパラメータを見つける。逆に言えば、現在では、すべきことを決定する行為は、能力の高さにはつながりません。自分たちが何を対象にするか、昔で言うフィロソフィーが何かを確定し、全体像の中でここを対象にすると決定し、その中で何が重要なパラメータであるかを見つけていくことが、ある程度以上に能力があり、なんらかの仕事をしなければいけない人たちがやるべきこと。それを、僕らはシステム・オーダーパラメータと表現しています。

複雑系を初めて具体的に語ったのが、理論気象学者のローレンツです。彼は、天気予報の基礎研究に取り組み、その成果を説明するためにどうするかを考えました。そして講演のタイトルを『アマゾンで蝶が1回羽ばたきしたら、その結果テキサスで竜巻が起こるか』とし、結論は、起こるとした。それが物理学上有名な理論、初期状態依存性に関する蝶々効果(バタフライ・エフェクト)です。複雑系においては、1ヵ所で起こったちょっとしたことが、やがて大きな波となり、ある場所でとんでもない現象を引き起こす。この「蝶々効果」こそ、民主主義の基本です。人ひとりが何かやっても、結局は力ある者に負ける――。それは、違います。民主主義が進めば蝶々効果が起きます。ひとりの行動が、必ず大きなうねりを巻き起こす。それが、複雑系の特徴なのです。ここにいる皆さんが、何をオーダーパラメータにするかに同意し、きちんとした議論を交換できる状況をつくれれば、この国はあっという間に良くなります。

複雑系とは、一見難解な理論のようですが、実は私たちにいろいろなことを教えてくれます。「全体像を見る力が大事なんだ」と言ってくれます。方向性を決める、逆に「フィロソフィーをきちん据えなければ、がんばってもどこにたどり着くかわからないよ」と教えてくれる。「民主主義を貫く限り、ほんの小さなことでもいつかそれが大きな力になる」と教えてくれます。
 
日本の現状を見ると、「手続き」ばかりをやっている。次の書類は何をつくるのか――。その書類がつくれる人が、「この人は勉強ができる」と評価されます。意味がないですね。日本を変えるには、そこを変えねばならない。書類の書き方ではなく、書類の内容が重視されればいいのですよ。最終的に自分がどこに到達したいのかを考えながら、きちんとしたオーダーパラメータを扱うようにすることが重要です。医療に関して言えば、医師というオーダーパラメータを触っていない点が致命的です。医師というオーダーパラメータを触るとは、たとえば専門医制度の整備であると、ここ25年間私は言いつづけてきました。そろそろやらないと、この国も終わりだと皆さん実感し始めたころだと思いますので、この点を最後にお伝えして私の話を終わりにします。どうもご清聴ありがとうございました。

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by hpij | 2009-07-08 20:31 | 医療政策関連
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