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第20回定例朝食会「医療の基本に立ち戻る時 ~新年を迎えて」  (黒川清)
日本医療政策機構は、2009 年1 月7 日、第20 回定例朝食会を開催致しました。今回は当機構代表理事黒川清が「医療の基本に立ち戻る時 ~新年を迎えて」と題して医療政策から日本の産業政策まで、さらには黒川自身の「元気の秘訣」も交えて講演させて頂きました。早朝から多数の皆様にご参加頂きました。誠にありがとうございました。

b0144534_11211540.jpg経済の落ち込みが招いた「医療崩壊」の顕在化

最近、「医療崩壊」が流行語にさえなり、いよいよ政治家も動かざるをえない状況になってきました。しかし、医療崩壊は、決して流行語になるような問題でも、昨日今日生まれた問題でもありません。

医療は、経済と密接な関係にあります。バブル経済の頂点であった80年代後半までは、日本は右肩上がりの景気に支えられ、設備投資、インフラ整備、そして医療をはじめとする社会保障などに対する支出をなんの不自由もなく行っていましたが、景気後退とともに対応が困難になってきました。にもかかわらず、医療の受益者である国民は、どうしてもバブルまでの右肩上がりの感覚で医療に期待をし、医療への不満は日々募るばかり。たとえば「モンスターペイシェント」と呼ばれるような現象は、積み上がっていった不満が顕在化したものと言ってもいいでしょう。医療崩壊は、経済の落ち込みと時を同じくして生まれていたのです。

また、高齢化社会を迎えている日本にとって医療や介護は、社会の安定に資するきわめて重要な課題であり、キャピタル、つまり社会的共通資本だとの認識が必要です。加えて雇用の不安が急速に膨らんでいる現在は、医療の重要性は日々増しています。国民一人ひとりが「心配で身動きがとれない」との思いを抱えているのでは、国の未来が明るいものになるはずはありません。

医療におけるアメリカ崇拝は大間違い

私が、ほかに好ましくないと思う最近の傾向のひとつに「アメリカ崇拝」があります。アメリカは先進国の中でもっとも医療制度がうまくいっていない国ではないかと思います。けれども、なぜか医療制度についても「アメリカに学べ」との声が、常にどこかから聞こえてくる。

たとえば海外勤務で数年過ごされた方ですと、医療保険も会社から万全の体制で用意されて赴任されています。そのような環境下で暮らしても、アメリカの医療制度の実際はなかなか実感できないでしょう。もし、アメリカで職を失ってみるか、あるいは低所得者にでもなれば、あの国の医療制度がいかに厳しいか痛感するはずです。 医学や医療の関係者も同様です。留学生や研究員として短期間滞在しただけですと、実際の医療現場を見知る機会は非常に限られています。「アメリカの医療制度はすぐれている」などと安易にいうのは避けなければなりません。

医療制度はヨーロッパを参考に

近ごろようやく、医療制度は「ヨーロッパに学べ」との意見が出るようになりました。

イギリスは、70年代までの「世界に誇る」医療制度がサッチャーイズムで崩壊にいたりました、ブレア政権下で急激に再建を果たしています。そこから、日本が学べることもあるはずです。ブレアの医療制度再建はすべて税金で賄う手法ですが、無闇な税投入を防止する政策評価システムの導入も同時に行っています。刮目すべきは、政策立案や政策に必要なデータ収集、検証が、役所のみならず、さまざまなインディペンデントな機関の関与によって進んでいる点。政策立案、実行プロセスの透明性を、日本はぜひ参考にすべきでしょう。

医療制度に大きな影響を及ぼす医師配置についても同様です。簡潔に言えば、医師配置に関して、ヨーロッパは日本よりも厳格です。ドイツに代表されるように、医師免許を取得した者は、勤務地、開業地も、自由意思だけでは選べない。国内のどの地区に何人の医師を配置するかは基本的に国の管理下にあり、空きが生まれたところには、きちんと医師が投入される仕組みになっています。つい昨日まで「医師は過剰だ」と言われていながら、今日になると「医師不足が問題」と喧伝される日本が見習う点が大いにあると思います。

ちなみに、医療制度の基本理念に基づき、一貫した方針で医師の配置制度を構築している例は、アジア諸国を見ただけでもいくつも確認できます。たとえば、マレーシアやタイでは、医学校を卒業するとまず5年間はへき地に行きます。日本でも、同様の制度を検討し始めてよいのではないでしょうか。

「医療基本法」の制定を
 
最近の医療政策議論やさまざまな検討会の報告書などを見ていると、首をかしげてしまうものも少なくありません。たとえば、「医師を増やす」と言っても、増やした医師をどのように配置するか、あるいは医師の質の維持をどうするかまでは言及されたものは多くありません。医学教育についても、もっとこれまでの取り組みを検証し反省すべきである。医師不足を解決するのに大学医学部の定員数を増やせばいいというのは、あまりに単純です。新たな入学生が医療現場に出るには、10年はかかる。その間は、どうやって不足を補っていけばいいのか。
このような現状を考えると、まずは医療に関して議論する際の基本法の制定も検討すべきだと感じています。基本理念や大原則を定める基本法がないから、ビジョンのない政策になってしまうのです。
 
求められる地域のコミュニティー

かつて安倍政権下で策定された「新健康フロンティア戦略」のような国家の健康戦略を実現するには、地域コミュニティーの再生が必要です。

日本は今、都会、地方を問わず核家族化と少子化が進み、なおかつ高齢者が増えています。結果として何が起こったか?コミュニティーの消失です。コミュニティーが消え、再形成されないがゆえにさまざまな弊害が生まれてきました。たとえば、あらゆる「知恵」が世代を超えて継承されなくなりました。若い親たちは、子どもが夜に発熱しただけでオロオロする。そして病院に駆け込むわけです。もし、子育て経験のあるおじいちゃんやおばあちゃん先達がそばにいて、「これは、様子を見ればいい」、「これは冷やせばすぐ治る」とアドバイスをすれば、病院に行かずとも済むケースが多くあるでしょう。いわゆる「家庭力」が低下してしまったのですね。家庭力の低下を補うには、地域コミュニティーの団結力を高めるのが最も有効だと思います。

地域コミュニティーの団結力をつくる方法のひとつとして、全国に2万2000ある小学校の活用を提言しています。小学生でも自宅から行ける距離にある小学校は、あらゆる人にとって集まりやすいのです。  地域の人たちが、時間が空いたときに小学校に集まる。教師は授業をし、地域の人たちは子どもたちを支える活動をする。共働きの家庭の子は、6時まで学校で予習や復習をすればいい。もちろん部活動をしてもいいし、お年寄りが加わっていっしょに何かをするのもすばらしい。地域に大学があるなら、たとえば学長を筆頭に職員や学生が、地域住民が集う場に年間20時間程度ボランティアで参加することにする。こんな活動をすれば、コミュニティーの輪はいっそう広がるでしょう。

そもそも病院とはどんな存在なのか 

HotelとHospital、Hospitalityの3つの英単語に、何か共通するものを感じませんか?ある識者の見解によれば、病院は医師が誕生する以前からあった概念だそうです。病気は人類発生とともに生じ、医師などいない時代から厳然とあったのですから、まず病人にベッドを提供し、誰かが食事を提供する場所があったに違いない。つまり、Hotelのような施設がHospitality を発揮することで医療が始まり、次いでHospitalが成立したと言うのです。そのような考え方に照らせば、病院で患者をケアする医師や看護師を、単に病院に「勤務する」人材であるとだけ解釈するのは、間違っていると言えないでしょうか。

地域には必ず開業医がいますが、昔のように自宅兼診療所といったスタイルでは開業していません。したがって、夜間に具合の悪くなった家族がいても、連れて行く先がない。必然的に病院には、「病院に行けば、いつでもお医者さんがいる、看護師さんがいる」といった態勢が望まれるわけですが、そうなっていないのですね。どの病院も、「病院の医師や看護師」を「病院に勤務する医師や看護師」だとして扱っています。

また、病院が地域の小児科医と連携して勤務医不在の時間帯を埋めれば、地域の子を持つ親は「あの病院には、いつでもお医者さんがいてくれる」と安心できる。もちろん、産婦人科や外科も同様のやり方で充実させられる可能性があります。「開業したが、十分な施設を整えられなかった」医師には、病院の設備を提供して自身の患者さんの治療をさせてあげればいいではないでしょうか。実は、そうした施設や人員のやりくりは日本以外の国では常識です。

これらのアイデアは、第5次医療計画の骨子に盛り込まれているのですが、残念ながら実現していません。

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大転換を図るべき時代にある日本

医療、社会保障、教育の国家予算は、もっと増やすべきです。現状は、あまりに少なすぎます。となると、問題になるのは日本の経済成長ですが、現在、世界的に金融が傾き、日本にも影響が押し寄せています。しかし、私はむしろここから1年が、長い低迷に沈んだ日本経済を再生させる千載一遇のチャンスだと思っています。

私は以前から、文明や帝国の「rise and fall」は60~70年サイクルだと述べてきました。日本国の歩みを振り返ると、明治維新からここまで、GDPは平均年4%で伸びている。もちろん浮き沈みはあります。ご存知のとおり戦後の日本は驚くべき経済復興を果たしましたが、1900年代はとうとう成長しなくなりました。

今の日本は、まさに明治維新前後、戦後と同じ、大転換を図るべき時代にさしかかっています。サイクル的に考えても、もし、ここでの大転換が果たせなければ、日本の再生はきわめて難しいのではないかと思うのです。

環境産業でリーダーシップを

多くの方に経済、産業の側面から見た「日本の強みは?」と問えば、どんな答えが返ってくるでしょうか。おそらく「ものづくり」という答えが多いのではないかと思います。けれども、それでは答えにはなりません。単なる「ものづくり」、単なる「部品屋さん」では、もはや成長できません。世界のリーダーシップを握れるような産業構想がなければ、これからの日本の経済を成長させることはできないからです。

日本には世界的に評価の高い、すぐれた環境技術があります。しかし、技術が高いだけでは世界レベルでの貢献はできません。必要なのは、世界を視野に入れたグランドデザイン。高い技術力を生かして、いかに世界に貢献するビジネスモデルを構築し、国策として世界市場に乗り出す。大転換を図るための、それが私からの1つ目の提案です。

日本は食料の純輸出国になれる

2つ目の提案は、農業への取り組みです。近年、地球上の食料問題は、深刻な事態になっています。にもかかわらず、日本は総計で埼玉県に匹敵する面積の休耕農地を抱えています。農地を使って穀物をつくり、国内需要を超えた分は輸出すればいい。当面は、付加価値の高いブランド米からでもいいので輸出に転じるべきです。

私の試算では、2020年までに食糧自給率を70%にし、2030年までに100%にすることは可能で、以降、数年もあれば日本は食料の純輸出国になれる。同様にクリーンエネルギーも2020年までに自給率50%、2030年までに自給率100%とし、輸出に転じることができるはずです。それくらいの国家ビジョンがなければ、医療や教育の予算を増やす政策にたどり着くのは困難です。

「日本の強みは?」と問われ、「ものづくり」と国民が即答するような状況はいかがなものか。世界に貢献する日本のイメージをもとに、しっかりとした戦略を持って行動し、発信しない限り近い将来、世界からまったく相手にされず、結果、経済的にも成功できない国になりかねません。

政策も経営も若い世代に託すべし

私は、これまでさまざまなかたちで政策提言にかかわってきましたが、変わらず言いつづけてきたのは、「5年計画、10年計画の政策立案には、45歳以上の者は参加するな」。政策立案だけでなく企業経営に関してもまったく同様です。将来を展望するのに、老重役の意見など盛り込んでもろくなことはありません。

「私たちは先に死ぬ人間である」との認識のもとに、下の世代が夢を持てる社会を構築し、若い人を育て、彼らの新しい視点から生まれた柔軟な意見を政策に反映すべきです。
 
私は、今の日本を幕末の日本に重ねています。ペリーが来航し、国中が大騒ぎになり、いったんは尊皇攘夷が国論となりますが、気づくとみんな開国派になっていた(笑)。悪く言えば信念の欠如ですが、その変わり身の速さは結果的に国を富ませました。振り返れば、日本は、方向さえ決まれば柔軟に変われる国なのです。変われない理由を強弁するのは、一部の守旧派だけ。現代では、団塊の世代がそれにあたるでしょう。私から、団塊の世代の方々へは、「邪魔をしないように」と申し上げたい。「あなたたちの常識は、60年間、黙っていても成長した時代の常識で、もう通用しないのだ」と。

私たちの先祖は、一度徹底的に黒船に締め上げられましたが、結局はそれをバネに明治維新を達成しました。当時のような国を再建するに足るエネルギーが、この日本にまだ埋蔵されているか否か。今、私がもっとも心配していることです。


質疑応答


会場――医学部の4年生です。医療制度の変更について、いろいろ気になります。初期臨床研修が2年から1年になるとか、医学部定員が増やされるなど――。医療現場の現状に即した政策転換であると頭ではわかっているのですが、一方では、医学生が将棋の駒のように扱われる不快感がぬぐえません。

いったい国は、どのような医師を養成しようとしているのでしょうか。

黒川 おっしゃることはよくわかります。役所は、次年度の予算確保しか考えていないので、彼らだけに任せている限り10年先、20年先こうなります、こうしようという話は聞けないでしょう。

初期臨床研修制度の変更について、「新制度のせいで、使いものになる医師が2割減った」などと言い立てる人もいるようですが、そういう人たちは、自分の都合で叫んでいるにすぎません。上に立つ者が、中長期的な将来像を描いて、学生や国民に夢を抱けるようにしなくてはなりません。

研修制度に関しては、今、私は研修医の横断的な組織をつくりたいと考えています。研修を受ける研修医自身の意見を述べられる場があってしかるべきだと思うからです。

会場――黒川先生の、その元気の秘訣をご披露ください(笑)。

黒川――元気の秘訣と問われても――、強いて言えば気になる問題が頭の中にあると、夜中でも起き出して考えたりすることでしょうか(笑)。人間、活発に頭を働かせていると老化が遅くなるものです。

ぜひご紹介したいエピソードがあります。最近、あるサイトで、ある中国人ジャーナリストの書いた文章を読みました。彼は20年ほど日本に暮らしていたそうで、サイトには、だいたい次のように記されていました。

「朝の通勤ラッシュ時のプラットホームで、乗車口の印の前に3列の列ができている。その隣には次の電車を待つ3列が、また隣にはその次の電車を待つ3列が整然と、誰に指示されるわけでもなくできあがっていて、ひとつ目の電車が出て行くと、残った列がズルッとずれていく。エスカレーターに目を転じれば、必ず片側が空いていて、急ぐ人が通れるようになっている。自然と秩序が維持されている状況には感嘆するばかりで、結局、中国は日本に勝てないのではないか。上海や北京に富裕層が生まれてはいるが、とうていそのような振る舞いは中国人には期待できない」と。

日本と日本人には、美しいところや賞賛できるところがたくさんあります。しかし、日本人はいつしか自信を失い、誇るべきものを持っていることを忘れ、結果として次の世代に日本の美徳が引き継がれず、少しずつ美しい国が崩れつつある。そうした日本人の今のありように私は怒っています。

たぶん、私の元気の秘訣は、若さではなく、怒りなんですね(笑)。怒りを収めようとして解決策を考えはじめると、夜、寝ていてもやっぱり目が覚めてしまいます(笑)。
それから、私の年齢を聞いて、びっくりされる方は確かに多いです。しかし、日野原先生とくらべれば、まだまだ足下にも及びませんから(笑)。

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by hpij | 2009-02-05 10:56 | 医療政策関連