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当機構メンバーからのご挨拶
新年明けましておめでとうございます。本年も当機構活動にご支援賜りますようお願い申し上げます。


当機構メンバーからのご挨拶_b0144534_11395539.jpg「今こそ基本に立ち戻る時」
(代表理事 黒川 清)


2009年を迎えました。
今年はどのような年になるのでしょうか。

医療崩壊が叫ばれて久しくなりました。少子高齢化、医療費高騰など課題は多く、解決策は十分に示されていません。今こそ、医療は社会的共通資本であるという基本へ立ち戻る時が来ています。

この時代に、日本の医療はどの方向に向かうのでしょうか。米国型、ヨーロッパ型の医療から何を学ぶのか。医療費、社会保障費が増える中、日本はどのように成長していくのか。

今年は大きな転換点です。世界の中で、日本はどんな国を目指すのか。皆さんとともに、日本医療政策機構は考えていきたいと思います。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

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当機構メンバーからのご挨拶_b0144534_1140615.jpg「医療を選挙の争点に」
(副代表理事・事務局長 近藤 正晃ジェームス)


今年は選挙の年です。医療が選挙の争点となるか、一つの正念場です。医療費を抑制し続けるのか、拡大するのか。拡大する場合は、財源をどのように確保するのか。財源は全て公費なのか、私費も増やすのか。

こうした基本的な争点を明らかにし、国民として選択する時期にきています。日本医療政策機構のモットーは Healthy debate です。明確な選択肢を提供し、しっかりと議論を尽くして、制度として根付かせる。そのような役割を果たしたいと願っております。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

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当機構メンバーからのご挨拶_b0144534_1141267.jpg「市民主導の地域医療改革のモデルを」
(理事 市民医療協議会ディレクター 埴岡 健一)


地域によって医療に大きな格差が生じています。目指すは、どこでも同じように質の高い医療が受けられる「均てん化」。2009年は、格差拡大から均てん化へ、方向転換の年にしたいもの。

市民医療協議会では①地域格差を表示し②各地のベストプラクティスを共有し③地元の医療改革を目指す人々のネットワークでそれを全国に広げる--という一連のプロジェクトを年初にスタートさせます。

行動し、具体的な成果を出したいと考えています。

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当機構メンバーからのご挨拶_b0144534_11411380.jpg「医療再建に向けた転機の年」
(事務局長補佐 小野崎 耕平)


医療政策がメディアや国民のこれほどまで関心を集めるようになって初めての総選挙の年、それが2009年です。

単に現状の問題を指摘したり、誰かを批判したり、危機感を訴えるだけの時はとうに過ぎました。

本格的な医療再建に向けた転機になるであろう、またそうすべきである2009年とは、私たち国民が自ら考え、前向きで建設的な取り組みを実行していくスタートの年でもあると思います。

そんな前向きな動きに少しでも貢献できるよう力を尽くす所存です。

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当機構メンバーからのご挨拶_b0144534_1143253.jpg「世界の医療課題の解決に向けて」
(グローバル・ヘルス・ユニット・マネジャー 坂野嘉郎)


昨年わが国では、G8サミットの議長国として、官民の様々な機関が連携して世界の医療課題に取り組み、国内外で大きな注目を集めました。

世界同時不況が深刻化し、また議長国がイタリアへと移る中、こうした取り組みを今後も継続し、更に発展させることができるか。2009年は、主要国の、そしてとりわけわが国の、国際貢献に取り組む姿勢が真に問われる年になります。

国際援助をいかにして継続し、限りある資源をどのように活用するのか、厳しい経済環境においてこそ、根本的な議論が一層重要となります。
こうした議論を推進し、少しでも多くの命が救われる一助となれるよう、当機構も尽力して参ります。
# by hpij | 2009-01-08 10:45 | ごあいさつ
第19回定例朝食会「これからの外科医、これからの日本の医療」     (大木隆生先生)
日本医療政策機構は、2008年11月13日、第19回定例朝食会を開催致しました。今回は東京慈恵会医科大学外科教授・統括責任者、米アルバートアインシュタイン医大血管外科教授の大木隆生先生に「これからの外科医、これからの日本の医療」と題してご講演を頂きました。早朝から多数の皆様にご参加頂きました。誠にありがとうございました。

<大木先生講演要旨>
第19回定例朝食会「これからの外科医、これからの日本の医療」     (大木隆生先生)_b0144534_15514597.jpg私は今、アメリカと日本の両国で外科教授を務めています。2006年までの12年間は、アメリカに在住し、アメリカのみで働いていました。そして、現在の軸足は日本にあります。日米両国で教授職を経験したのは、黒川先生をはじめ、限られたごく少数の者でしょう。そんな経験から見えてきたものがいくつかありますので、本日はそれらを軸にお話しします。

収入と幸福度は正比例しない

医師は有り余るほどの給与をもらう必要はないと、私は考えています。医師を志したのは中学生の時ですが、その頃から直感的にそう思い、そして20数年医師として働いてみて改めて確信も得ました。

人は水なしでは生きられませんが、そうですね1日の所要量である2リットルもあれば十分に暮らせるでしょう。2リットルあるか0.5リットルしかないかは、かなり深刻な問題になりますし、まったくなしでは命にかかわる。ですが、1日に200リットルあるのも、2リットルあるのも、幸福度としては違わないでしょう。そういう意味でお金は水に似ています。

アメリカでの私の年収は、最終的には1億円ほどでした。現在、慈恵医大での給与は、その10分の1にも届きません(笑)。医師になりたての頃と、渡米して最初の2年間は無給医でした。そんな給与の乱高下の経験を通して実感したのは、生活に困らない収入、すなわち「衣食足りれば」それ以上の収入は人の幸福度と相関しないという事です。「衣食足りる」程度の収入がある場合、幸福度や充実感を決定するのは後述する「人に喜ばれる事」や「社会貢献」などを通じて得られる「トキメキ」や、家族以外に喜びや悲しみを分ち合える仲間の存在の有無だと確信しています。個人的には、東京で家族4人で暮らすなら年収1000万円もあれば十分だと感じます。

実は、こうした価値観が、今後の日本医療のありようにおいて大きなカギになるだろうと確信しています。この点をまず、頭の隅に置いてお話を聞いていただければと思います。

表面だけ見てアメリカ医療を褒める愚

現在、日本の医療に関して思っているのは、「欧米の医療の良いところ取りはだめ」だということ。最近の、日本の一部の患者の行動、並びにメディアの報道姿勢は、例えていえば、エコノミークラスの料金しか払っていない乗客が、ビジネスクラスの待遇を要求しているかのようなものです。日本の医療が先進諸国にくらべて劣っていると思い込み、もっといい医療をしてほしいと感じている。日本国民にぜひ知ってほしいのは、アメリカ人は日本人と比べて、年間約3倍の医療費を負担しているという事実。日本人の負担額は年間で平均23万円ほど、対してアメリカ人は約70万円です。まさに、東京‐NY間のエコノミーとビジネスクラスの料金の違いほどの開きがあるのです。

アメリカの医療は、ビジネスクラスの値段ですから丁寧なサービスも可能でしょう。しかし、日本ではエコノミークラスの料金でビジネスクラスのサービスの提供を強いられている状況にあります。実際に、本邦の病院のベッド当たりの医師・看護師の数は米国の1/5です。日本ではただでさえ手薄なスタッフが、近年は1人の医師が30人、40人という患者を、1人の看護師が5人、10人と患者を抱えています。

医療訴訟に関しても同様のことが言えます。日本では近年アメリカに倣っているのか、患者が医師や病院を相手に訴える風潮が強まっています。しかし、3倍ものお金を出している人たちが受けている医療と、そこで起こっている訴訟をモデルに、「何かあれば訴えるべき」とやられたのでは、たまりません。特にメディアが「アメリカに行って取材してきました。アメリカではこんな丁寧な医療サービスを提供していました。一方、日本では3時間待ちの3分診療です」と煽るのには辟易します。

アメリカでは医療=ビジネスでしかない

本邦にも症例数などを指標に、医療に経済的インセンティブを持ち込もうとの意見があるようですが、大いに疑問を持っています。これもまた、アメリカ医療の一側面だけを見た考え方だからです。アメリカでは、医療の評価をお金でします。医療はまさにビジネス、市場原理で動く。メーカーや病院や医師も、保険会社もです。

アメリカにはメディケア、メディケイドと呼ばれる公的保険・公的扶助の制度がありますが、加入者は全人口の2割程度。貧困層、障害者、あるいは65歳以上の高齢者のみが対象の公的保障だからです。それ以外の人はすべて、自動車保険、あるいは生命保険を買うのと同様に民間保険会社から健康保険を購入しています。

保険会社の最大の責務は、株主への配当還元。株式会社ですから当然でしょう。きれいごとを並べても、基本的に会社は株主のために存在する。したがって医療費をいかに削減し、利益を出すかといった目標を持ってビジネスを展開します。

アメリカでは医師が、診察した患者について「これは癌かもしれない」、「これは動脈瘤かもしれない」と見立てても、「ではCTを撮りましょう」などと簡単には言えません。CTひとつ撮るにも、まず保険会社に文書で「貴社の会員の○○さんのCTを撮りたいが、よろしいですか」とおうかがいを立てねばなりません。大手保険会社には数百人の医師が在籍しており、彼らはその申し出を断るために働いています。学んだ医学知識を駆使し、医学的に不必要との結論を導き出そうと躍起です。なぜなら、申し出を拒否できる理由を見つければ見つけるほど、給料が上がるシステムになっているからです。そのような制度と対峙しながら、なんとかしてCTを撮り、なんとかして手術をし、より多くの手術をすれば、それだけ外科医の収入は上がります。――でも結果が、患者は何か問題が起これば訴訟。医師が本来の志しを失わずに使命感を原動力として活動し続けるには、きわめて厳しいのがアメリカの実際の医療環境です。

飽くなき利益を追求する病院、儲け最優先の保険会社とメーカー、インセンティブにどっぷり漬かった医師――それがアメリカの医療。もちろん、中には聖人君子と呼べる医師もいますが、総じてビジネスとして医療とかかわっています。

制度だけを真似しても失敗するだけ

そんな状況ですから、当然、患者は医療者や医療機関に対して不信感を抱く。患者は、「この医師はもしかしたら、もっと儲けようとして手術を勧めているのかもしれない」、「信頼できないから、やはりセカンドオピニオンを求めよう」と疑心暗鬼になる。まさに、医療不信が蔓延している。ただ、アメリカ人は、医療もビジネスなのだと理解し、その状況を当たり前のこととして受け入れています。

アメリカの、そんな感覚を、そんな制度を、無批判に日本に持ち込んでいいのでしょうか。インセンティブの導入とは、言ってみれば「ぶんどり合戦」。アメリカで、そんな制度のもとでも犯罪が多発しないのは、医師が「金を儲けてやろう」、「不要でも手術をしてやろう」と思っても、セカンドオピニオンを容易に求められる、簡単に医療訴訟を起こせる、保険会社が医師を雇って医学的にその医療行為が必要かを判断させる、病院には医師の資格や技量などのチェック機構があるからです。

まともなチェック機構がない日本で、症例数を競わせたり、インセンティブを与える制度などを展開すれば、「必要ないけど、やっちゃえ」が、まかりとおるのは目に見えています。結局のところ、最後に割を食うのは患者ということになります。

私はあえて、「日本は日本なりの中庸さが良いのだ」と言いたい。良さそうなところだけをつまみ食いするようにアメリカの制度を日本へ導入しようとしても、日米には大きな制度の違い、国民性の違いがある。うまくいく道理がありません。

アメリカ医療を反面教師にすべき第19回定例朝食会「これからの外科医、これからの日本の医療」     (大木隆生先生)_b0144534_1553360.jpg

さらに言えば、アメリカ医療の実情などは、反面教師にすべきでしょう。飽くなき利益の追求を第一義にした資本主義が、結局のところ多くの無駄を生んでいる点などがそうです。

現在、アメリカの医療費の30%は間接経費、つまり事務経費等に消えています。日本の医療費の総額が33兆円で使いすぎだと大騒ぎになっていますが、その額を軽々と超える金額が事務経費に消えている。恐るべき事実です。ぶんどり合戦の果てに、申請やチェックの「いたちごっこ」が展開された結果、こうした事態になっているのです。

アメリカ医療に対する誤解には、技術料に関する点でも挙げられます。日本では、名のある外科医が盲腸の手術をしても研修医がしても技術料に差がない、対してアメリカでは違うとの指摘がありますが、間違いです。アメリカでも、盲腸の技術料に医師個人の技量によるクラス分けなどありません。誰がやっても料金は同じ。ただ、「アメリカの専門医が高給を取る」は事実で、それは専門医の数が限られていることに起因しています。

アメリカには専門医の数に上限を設ける制度があり、新しく専門医となれるのは、心臓外科医ならおよそ年間130人、血管外科医は110人、脳外科医だったら60人と決まっています。これは、全米での定員です。脳外科医の定員枠に入ろうと競争を勝ち抜いた60人は、専門医としての競争相手が少ないので多数の手術を手がけられ、高収入が得られるのです。一方、日本にはこの様な上限設定がありません。ちなみに日本には、米国の2倍以上の脳外専門医がいます。
 
医師の使命感と志しをマスコミがずたずたにした 

さて、日本の医療が崩壊しつつあると言われていますが、日本の医療崩壊は勤務医、急性期医療に関してであって、開業医の数は減っていません。勤務医が開業へ逃げているから、病院から産科医や外科医、小児科医がいなくなっているだけのことです。勤務医はがんばっていますが、がんばりが限界にきて、開業という道に逃げ込むために病院で医療崩壊が始まってしまった。

なぜ、勤務医が開業医になってしまうかと言えば、医師の使命感、志しといったものを日本国民とマスコミがズタズタにしたからに違いないでしょう。そして「お前の診断を聞いたけど、ちょっと隣の病院へも行ってみるよ。気が向いたらまた戻って来るかも」――といった態度の患者や、何かあるとすぐに「医療ミス」ではないかと疑う患者が激増し、勤務医は「この薄給で懸命にやっているのに、こんな扱いを受けるなんて、ばかばかしくてやっていられない」となりました。最終的には「もう辛い勤務医は辞め、比較的収入の良い開業医になろう」という流れができたわけですね。でも、最近は開業医も医療費抑制政策と過当競争の為に大変苦労しているようです。

日本の急性期病院を再生するには、厚生労働省が言っているような医師の定員増だけでは全く意味がない。例えるなら「穴の開いたバケツ」。いくら医師を注ぎ込んでも開業医へ逃げる穴が開いているのですから、産科医も小児科医、外科医も病院には留まりません。

では、どうすれば良いのでしょうか。やはり、やり甲斐、使命感を復活させるしか方法はない。「ありがとうございました。先生のおかげで命を長らえました」――その感謝の一言が医療の現場に戻ってくるだけで、医師は頑張っていけるのです。

医療再生に必要なのはトキメキの伝授

私は、外科医局員205名を預かる者として、いかに外科を再生するかを日々考えています。
考える中で、いくつかの具体的な方策が浮かびました。そのひとつが、医局における村社会の形成です。アメリカ社会のような利害や共通目的を中心に結びついた「ゲゼルシャフト」ではなく、いわゆる友愛をベースとした「ゲマインシャフト」の医局を創る。学生時代の運動部の夏合宿、あの雰囲気の漂う医局ですね。お互いをおもんばかり、喜びも悲しみも分かち合う。今、言われているような「外科医の技術料を」や、「インセンティブを」などとは、真っ向から対立する方策(笑)。時間が証明するでしょうが、恐らくこれが外科医療再生の要になるはずです。

私が慈恵医大に戻って2年少々たち、以前まで1年に4~5人だった外科への入局者が、来年は24人にまで増えました。ビタ一文も給料を上げてはいません。労働条件を良くしたわけでもありません。ただ単に学生や研修医に、外科医がいかにトキメキを得られる職業なのか、患者に感謝されるのか、それを訴えた結果です。

本日は、皆さんにお見せしようと、私が受け取った患者からの手紙の束を持参しています。今年上半期だけで、これだけの手紙を受け取りました。すべてが感謝の手紙です。「先生の手術を受けられてこんなに嬉しいことはない、涙が止まらない」――こういう手紙をいただくと、1週間ぐらいは元気に走れる(笑)。これが外科医であり、医師なのです。
外科医が得られるトキメキを若者に身を持って示し、また医局に村社会のような安らぎと明るさを取り戻せば、給料を上げなくても、労働条件を良くしなくても、若い人は外科医療を通じて得られるトキメキを求めて集まってきます。慈恵医大外科学講座の目指すものは「トキメキと安らぎのある村社会」です。

帰国して収入は減ったが充実度は上昇

私の給与の推移を表したグラフを見てください。青い線で示したように、研修医のゼロから始まって、ちょっと上がったり下がったり。アメリカに行って無給医となり、教授になる過程で一気に上がり、慈恵に戻ると10分の1ぐらいに下がりました。
第19回定例朝食会「これからの外科医、これからの日本の医療」     (大木隆生先生)_b0144534_15453610.gif


対して赤い線が充実度を示します。研修医時代、充実度は上がったり下がったり。少しして落ち込んだのは、自分が医師に向いているか否か悩んだ時期です。その後、いろいろな手術を覚えるとともに充実度はアップ。アメリカに渡った直後は、留学ブルーになって落ち込みますが、後に、給料や地位、自分への認知度が上がるにしたがって再び上がっていきました。

しかし、そこからは傾向が逆転します。給料や地位が上がるに比して、充実感は下がっていった。自分の本拠地である日本の患者を治療したいとの気持ちが芽生えたからです。なぜ、私はニューヨークでアメリカ人の命を救っているのか。なぜ、アメリカ人の教育をしているのか。疑問に思う気持ちが膨らんでいきました。ですから、日本に帰ってきて給与が下がっても、むしろ充実度は増していきます。日本の患者にわずかに残っている医師に対する感謝、手術に対する感謝が、私をやる気にさせてくれたからです。後進の育成にしても、外国人の教育ではなくて日本人の、母校の後輩の教育にたずさわれる喜びが、私の充実度をアップさせました。

医療を崩壊から救う唯一の方法

平成16年と平成20年の、慈恵医大における診療科別の診療報酬を比較したグラフを用意しました。足かけ2年で、血管外科を30数科ある診療科でいちばんの業績をあげる科にしました。これで私の給料がいくら上がったかと言ったらゼロ。一方、私の生活はアメリカ時代とは激変し、ボロボロ(笑)。夜帰るのは朝の3時か4時で、出勤は7時前ですので、子どもたちが寝ている時間にしか家にいない。週末も働いており、子どもの顔を見られるのは月に2~3回くらいです。

これほど忙しくなって診療実績が出ても給料はビタ一文変わらない、しかも家族を犠牲にしているのに幸福を感じるなんて馬鹿だ――これがアメリカ人の価値観でしょう。しかし、アメリカ人には理解し難いところに喜びを感じる点にこそ、日本の医療、外科医療の再生のポイントがあるのです。

お金のためではなく、人のために尽くしたい、人に喜ばれたい、そういう気持ちを医師からうまく引き出しながら、現在の医療の問題点を反省しつつ過重労働や多すぎる雑用などの問題を改善していく。昔の日本の医療にあった医師の使命感と志しを、今こそ再興すべきです。それと「村社会」的な安らぎのある職場環境の創出です。私は、それらこそが病院医療を崩壊から救う唯一の方法ではないかと思っています。


質疑応答

Q:今の若い人に、村社会、医師の美徳と言って果たして通じるのでしょうか。

A:通じます。我々がそうだったように、今の若者も変わらず、やり甲斐を求めています。人に喜ばれたい、社会貢献したいと思う人間の本能は今も昔も変わりません。先ほどお話ししたように、慈恵医大では労働条件は一つも良くしていないのに外科入局者が激増しているのが、その証左でしょう。

Q:日本の医療政策には根幹となるものがないと感じています。たとえば、医療の基本理念などを定める「医療基本法」をつくろうとする動きもあるのですが、先生はそのあたりを、どうお考えでしょうか。

A:確かに日本の医療には、グランドデザインがありませんね。一般的に、日本の官僚のやることには、多にしてビジョンがない。医療だけでなく、外交や教育に関しても同様。官僚すべてが悪いとは言いませんが、日本の行政には、国家百年の計を考えての国づくり、医療のかたちを考える視点を持った志ある人が、勝ち上がれないシステムができあがってしまっているのでしょう。
すべてを僕に任せていただければ、今より良い医療環境をつくれる自信はあります(笑)。


<当機構代表理事/黒川清よりご挨拶>
第19回定例朝食会「これからの外科医、これからの日本の医療」     (大木隆生先生)_b0144534_15532525.jpg
日本人は、アメリカ礼賛がすぎる

大木先生のお話には、共感する点が多くありました。日本人は、アメリカ礼賛がすぎると思います。こと医療制度の問題に限らず、聞きかじった「アメリカのすぐれたところ」を訳知り顔に賞賛する有識者があまりにも多い。彼らのほとんどは、実際にはアメリカでの生活経験などない。滞在経験があっても、ごく僅かでしょう。アメリカ社会の実像も知らず、なぜそんな仕組みになっているかの因果関係も知らず、「アメリカでは……」とのたまう人たちの罪は、あまりに重いと感じています。

そのような意味でも、大木先生は非常に貴重な存在でしょう。アメリカ社会で過酷な生存競争を勝ち抜き、教授に上りつめただけでなく、社会制度を熟知するほどの濃密な生活を送り、全体を理解したうえでアメリカを評価も批判もしているのですから。

トップにこそ求められる「武士道」

アメリカ帰りの大木先生が、「人の満足は、お金では満たせない」とおっしゃる。比して日本では昨今、インセンティブ大流行で、社会が日増しに下品になりつつあります。
最近、日本人が失ってしまった精神として「武士道」が頻繁に言われます。この言葉は、新渡戸稲造さんが、宗教を持たない日本人の倫理観を分析した著述に登場するもの。実は、その著述は欧米向けに英語で書かれ、日本語訳されたのは戦後でした。つまり、ほとんどの日本人は、戦後に英語の訳を通じて武士道の存在を認識したのです。

それまで多くの日本人が武士道を知らなかったのは、江戸時代末期ごろ武士道に則って生活していたのが、国民全体の約6%程度にすぎなかったから。一握りの武士以外は、たいていは農民や商人で、武士道とは無縁の生活でした。

今、「武士道」を声高に口にする人々には、「言葉の背景を知り、本当の意味を理解しているのか」と私は問いたい。武士道とは、つまり、少数のエリート層に必要な精神なのです。そこで、あらためて私は、「武士道が大切なのだ」と申し上げたい。その対象は、日本社会を動かす人々、役人や政治家、大企業トップなどの方々です。

日本社会に少なからず影響を及ぼす人々に、「何かあったら腹を切る」覚悟がないのが、今の日本におけるいちばんの問題。上に立つ者として、若者のロールモデルになるべき人々が、武士道に則った振る舞いをしないのが、日本の元気のなさの原因になっていると確信します。
 
医師をめざす人には必ずパッションがある

白州次郎さんは、「教育とは先生が教えるものではない。教えるべきことを、先生が普段の行動で体現し、子どもに見せて伝えるものだ」と言っています。それこそが、まさに真の教育ですね。医師の教育も同じです。少なくとも今の医療界は、大木先生のような熱く語り、自ら発した言葉を実践する教育者、すばらしいロールモデルに恵まれたと言えるでしょう。

城繁幸さんの著書『若者はなぜ3年で辞めるのか?』には、今の若者たちに元気がないのは、迷っているからだと書いてある。大企業でサラリーマンになるのが必ずしも正解ではないとわかっていても、では、どうしたらいいかの答えが出せない。そんな時代にこそ、学校には熱血漢先生が必要です。教師、指導者にとってのインセンティブとは、決してお金ではなく、「あの人はすばらしい先生だ」との敬意が、子どもたちや学生たちの間で広がり、最後にはコミュニティにまで広がり定着することでしょう。

職業として医師を選択したような人には、心の中に必ずパッションがある。パッションがあって、まわりから認められたいプライドがあって、患者やその家族からの感謝を待っている。3つ目の感謝は、社会からのプレステージ(威信・声望)につながります。社会がパッション、プライド、プレステージを生み出していく国にしなければならない。大木先生のお話をお聞きして、そう強く感じました。

■略歴
大木 隆生
東京慈恵会医科大学外科教授、統括責任者
米アルバートアインシュタイン医大血管外科教授

1987年、東京慈恵会医科大学卒。1993年、東京慈恵会医科大学大学院修了。米国アルバートアインシュタイン医科大学血管外科研究員、同大学病院血管内治療科部長、同大学血管外科部長を経て、2005年、同大学外科学教授、2006年、東京慈恵医科大学血管外科学教授、2007年東京慈恵会医科大学外科学講座統括責任者。

■コメント(日本医療政策機構 小野崎耕平)
日米両国で臨床と教育に携わる稀有な人材である大木氏。その熱い語り口は会場を大いに沸かせた。一方、参加者からは「医師だけが価値ある仕事であるかのような言いぶりはいかがか」「経済や金融の国家における重要性がわかっていないのでは」などのコメントも寄せられた。それでも、持ち前のキャラクターで圧倒的に聴衆を惹きつける姿は、新たなリーダー像を見せつけてくれた。慈恵医大外科を見事に再生した同氏の今後に大いに期待したい。
# by hpij | 2008-12-29 15:41 | 医療政策関連
【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」
【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」  _b0144534_1620749.jpg
その時期が注目されている衆議院の解散・総選挙にあって、最大の争点と考えられるのが医療政策。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。

九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授
信友 浩一氏

【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」  _b0144534_1020755.jpg第8回にご登場いただくのは、九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授の信友浩一氏。全国でも数少ない医療政策や医療マネジメントの専門大学院で数多くの人材を輩出してきただけでなく、全国各地の自治体の政策や医療機関の経営戦略立案などを多数手がけておられます。
 
インタビューは、下記質問項目に沿って行われました。

<質問項目>
1.医療政策における重要課題、そして課題解決の方法などについてお聞かせください。
2.医療政策課題にまつわる5つのキーワードを教えてください。
3.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
4.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。



1.医療政策における重要課題、そして課題解決の方法などについてお聞かせください。

議論の大きな枠組みを考えよ

政策を論議するときに、前提、あるいは議論の枠組みがないので、さまざまな関係者が、みな自分にとって都合のいい話ばかりをしているような印象がある。たとえば、医療崩壊は医師が足りないから、つまり量の問題だと言う。そういう発想自体が、「私は、今のままでいい」ということにつながりかねず、思考停止を招くのではないか。量が増えたとしてもシステムを変えなければ、単に医学部の教授が喜ぶだけ。将棋の駒が増えるだけで、結局、何も変わらない。

国と地方の役割分担
 
医療という生活にきわめて密着した公共サービスの枠組みには、国が担う部分と地方・現場が担う部分との2つがある。医療は、医師がいなければ成立しない。したがって、医療に関して国が担う部分は、医師の質を保障するための医学部教育と国家試験。そして、量のコントロール。これらは、本来的に国が担うことだ。

地方・現場が担うことは、住民にとって納得のいく医療提供を受けられるよう、政策を総合的に調整することだろう。

2.医療政策課題にまつわる5つのキーワードを教えてください。

①医師は応召義務を果たしていない

医療問題にまつわるひとつ目のキーワードは、医師の応召義務。医師は、医療業務を独占している。独占しているのだから、必ず義務も出てくる。それが、応召義務。たとえば電力会社は、すべての国民に電力を供給しなければならない。その代わりに、地域の電力供給を独占できる権限が付与されている。つまり権利と義務を、同時に持っているのだ。へき地だから電気を供給しない、儲からないから送らないというとはできないのである。医師は、医療業務を独占していながら、応召義務を果たしていない。これが医療のもっとも本質的な問題だ。

東京や奈良のたらい回し事件もそう。自分の施設が満床だったら断るということが、習慣化されてしまっているから起きる。「施設完結型医療」を前提にしているなら、応召義務も果たしてもらわなければ理にかなわない。

「いまあるもの」で何とかするのが医療だ

求められているのは「地域完結型」の医療。自分の病院で対応できなければ、ほかの病院が対応できないか探してみるべきだろう。医師が不足していようが多かろうが、今いる人員でどうにかする。それが医療の大原則である。

我々はエコーの検査、超音波による検査機器がないからといって、診断をさぼったりはしない。あるいは、血圧計がなく、血圧が測れないからといって何も手当しないなどということもない。そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。そんな習慣をつけたのは誰か。医師たる者が、業務を独占しながら、応召義務を果たさない。いつ、医師の神経は麻痺したのだろうか。

少なくても、私たちの世代、団塊の世代までは、そんなことはなかったと記憶ししている。何々がないからできませんなどと言ったら、上司からこっぴどく怒られた。「患者を見殺しにするのか!」と。そう叱咤する指導者もいなくなったのだろう。たぶん我々の10歳年下からの世代から、そういう習慣ができ上がっていった。そんな気がしている。

②医師は被害者意識を捨てよ

2つ目のキーワードは、被害者意識。こんなものがあったら絶対新しいものは生まれないし、元気になれない。阪神大震災があったときに、東部地区の灘や西灘ではすぐに自警団を組んで、ゴミを勝手に捨てるな、変なやつが来たら追い出せ――そんな自発的なコントロールがすぐにできたという。おそらく彼らに、被害者だとの意識がなかったからだ。たとえ、被災者ではあったとしても。

ところが、被害者意識を持っていた地域では、「いつゴミを取りに来るんだ」、「俺たちは被害者だ」――と訴えるばかりで、何も進まなかった。被災者ではなく、被害者だと言う。行政は何もしてくれないと言い、いまだもって自立できていない。被害者意識だけしかないから立ち直れないのだ。
医師も同じ。「私は悪くない。制度が悪い。被害者だ」――だからうまくいかない。「私たちは自らこれを変える。だから行政はこうしてくれ」というのが、本来のプロ集団でありネットワークであろう。

昨日、経営がうまくいっていない病院で、勤務医との間に次のようなやり取りがあった。「なぜ、君らの病院はうまくいかないんだ。時代にも適応していないし、必要な診療科のスクラップ・アンド・ビルドもできていないのは、なぜか?」、「院長が悪い」、「わかった。お前たちは悪くないというんだな。じゃあ院長をいかに辞めさせたらいいか、クーデターの起こし方を私が教えてやろう」、「結構ですよ」。これが典型的な例だろう。自分たちに当事者意識がまったくない。

発想を変えれば良い。誰が悪いかという犯人探しをしても意味はないのだ。発想を変えられないのに、発想を変えられる人の邪魔をするなと言いたい。発想を変えれば、世の中も変わる。

ヒエラルキーの中で育った医師は、二言目には「教授が」、「院長が」と言う。自分で考える癖をつけてこなかったせいだろう。

先ほども触れたが、当事者意識がないのは、医師だけではない。東京大学医療政策人材養成講座のグループが47都道府県知事に「救急医療体制はあなたの問題だと思いますか」というアンケートをしたら、「YES」回答をしたのは、たった2人の知事だけ。ほとんどの知事が、それは国の問題・担当部局だと答えたそうだ。
まず、知事に当事者意識がないことが、地域での最大の問題。私がお手伝いをしている地域の方々は、どなたも当事者意識を持っている。三重県のある院長は、市長や医師会長といっしょになって自ら100ヵ所くらいでタウンミーティングを行っていると聞く。要は、地域の問題についは、知事や市長などトップ自らが当事者意識を持って解決しようとしなければ何も始まらないのだ。

③数値と事実で議論を

3つ目は、フィギュア・アンド・ファクト、つまり数値と事実。何をどうしたらいいかを、データと事実のみで議論する。覚えやすいようにFFとでも呼ぶといいかもしれない。「足りない」などの感覚値ではなくて、そこにある医療資源をどのようにシステム化したらいいか、ネットワーク化したらいいかを、数値にもとづいて考えるべきだ。

三重県に例をとれば、ある県立病院の院長さんは、大学から脳神経外科医が引き揚げられたので、お隣りの伊勢市の病院の脳神経外科に患者を送っている。産婦人科も引き揚げられると、今度は同院の先生に来てもらった。つまり、その病院にとっての脳外科や産婦人科の医療は、伊勢まで含めた地域完結型医療となったのである。さらに、去年の夏には、中学生と高校生で医学部・歯学部・薬学部・看護学部等に行きたい者・行って入る者140名を集めて「サマー・メディカルスクール」という取り組みをし、そこで院長さんは、故郷で役に立ちたいという若者がまだまだいることを実感したと話していた。

重要なのは、地域の人による地域振興の気持ち。地域振興は地域の者が考えて、支えるしかないし、支えるべき。人間もいるし、情報交換もできる。そういう動きをつくるために首長には、話し合いの場、交わる場を設けていただきたい。

ある市長からも医師不足で困っていると相談を受け、対策に乗り出した。その市の場合は、まず、責任診療地区を設けた。マーケット調査をし、互いの病院が不足している診療科を補完し合うようにしたのだ。また、基幹病院である5つの病院国立、済生会、市立、社会保険病院と市民病院の院長に集まってもらい、診療科の再編成を行った。各病院には非常勤の雇用をやめ、常勤医で担える科のみを存続させ、存続できない科は、他の基幹病院にまわすことにしていただいた。
また、院長が派遣元の大学と交渉し、4人か5人はその大学の派遣でない医師を受け入れられる枠づくりをした。
数値と事実をもとに、適切なネットワークをつくれば、医師不足の問題もなんとかなるものだ。

④医師も弁護士型の専門家集団にすべき

そして4つ目は、臨床医のコントロール。今、医師は、その身分を生涯にわたって保証されている。一方で、目の前の患者及びコミュニティに対して適切に医療を行える感性や経験、そしてモラルがあるかなどは問われてはいない。

よく比較されるが、弁護士は司法試験という国家試験を通ったあと、自由にどこででも弁護士業務ができるかと言えば、できない。司法試験に合格したら司法研修所で共通の研修プログラムを受け、修了して、さらに47都道府県の弁護士会という業務統制型の専門職集団に所属することで、初めて弁護士実務ができる。

医師は、医師国家試験を通ったあと、共通の研修プログラムもなければ、どこかに所属しないと実務ができないという専門職集団に属す必要もなく、いわば野放図。この状況は、いかがなものだろうか。医師法を改正して、弁護士会と同じように業務統制型の専門職集団に属すよう義務づければ、医師のクオリティコントロールも、配分コントロールもできるようになるのではないだろうか。

⑤「医療理念法」を

5つ目は、医療理念法。そもそも医療とは何かという医療の理念法が、我が国にはない。「ああ、がんが話題になったからがん対策基本法をつくろう」、「自殺が多い?取り組みましょう」、「予防接種、ああ、そうしましょう」。私は、医療はなんぞやとの理念を明確にしなければならないと思う。そのうえで、医療提供のためのコストとリスクとベネフィット──コストは医療提供側、プロバイダーが負わないといけないリスクもある。同時に、患者さんが負わないといけないリスクもある。ベネフィットも、個人的なベネフィットと社会的なベネフィットがある――の配分をどうするかを決めるべきだ。

国がやるべきことは、医療理念法をつくることだろう。隣の韓国や台湾では口腔ケアの理念法ができたらしい。日本は近隣のアジア諸国よりも取り組みが遅れている。

国会や政党の法制審議能力を増強せよ

国会で法制審議にあたるスタッフが、きわめて少ない。政党も同様。だから議員立法をつくる力が弱いし、政府が出してきた政策の検証をする力もほぼない。

まずは、国会で法制審査をする人間を少なくとも今の10倍に増やすことが必要だと考える。政策を検証する内閣法制局に相当するような新たな組織を構築するのだ。そうすれば、その人間は議員の要請に応じて、国会、あるいは行政から出てきた基本データを検証し、政策の検証能力を高められるだろう。初めて政府には確かな政策の起案権が与えられ、国会に同意権を認められる。政策立案、政策評価ともに質が上がり、国が健全になっていくと思う。

3.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

1970年代、高度経済成長が終わるまで、道路などのインフラをはじめ、数え切れないほどの公共サービスを行ってきた。低経済成長になった今、その公共サービスを誰の負担でやればいいのか。本来であれば、政治も政策も1970年代後半に大転換が必要だったのだ。

それまでの高度経済成長期の政治及び政策は、利益配分型の政治政策だった。税収増を誰がどういう理屈で分けていくか――。それが、1970年代の後半からコスト配分型の政治、そして政策に転換しなければならなくなった。しかし、政治家はコストを選挙民に負わせようとせず、子どもや孫に払わせようと決めた。
そういう政策選択をした当時の選挙民は、今の50代以上。自分の利益を子どもや孫に払わせるなどという厚かましい選択をしてきたのだから、すみませんと謝罪し、腹をくくって相続税なりで返済する決断をすべきだろう。それを消費税アップで自分たちが引き起こした財政難を補おうとは卑怯としか言いようがない。政治家も国民も己のしてきたことを反省してほしい。

4.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。

今、私が医療に関してできることは、とにかく知事に当事者意識を持ってもらい、周囲で活動を支援していくこと。医療を変えた、そんな地域を増やすこと。医師不足に関しても、どうにかなるのだとわかってくれば、日本全体が変わっていくだろう。まずは、現場主導で変わっている地域の存在を、どんどん紹介していきたいと思っている。

130年、ないしは戦後50年の医療を大転換するのはたいへんだが、5年ぐらいで一挙にやっていかないといけない。自民党は道州制を10年以内に敷くと言っているので、遅くとも10年以内にはすべきだろう。

明日からできること、5年間でやること、10年以内にやること――整理していけば、誰が何をしないといけないかも見えてくる。

5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

「他人を信じなさい」
【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」  _b0144534_10204821.jpgこれは主に医師に対するメッセージである。とにかく自分以外の他人を信じない――日本の医師の、最大の欠点だろう。かつて国鉄にいたとき、組織マネジメントのタブーとして「上位の者は下位の者の業務を代行してはいけない」というものがあった。駅長が助役の代わりをしたら、助役はいつまでも困ったら駅長に頼ってしまう。だから人を育てる、組織を育てるときには、上の者は下位の者の業務を代行してはいけない。手を出さないよう辛抱することが大事だ。

でも、医師は違う。できなかったら「どけっ」と言ってすぐ自分が手術してしまう。看護師が失敗すると「なんだ」と叱って、やはり自分でやってしまう。それで、医師はますます忙しくなる。人と組織を育てる発想がないから、他人を信じる力が医師にないから、自分が忙しくなってしまうのだ。

小学校、中学校、高校、大学と、周囲から「できる、できる」と言われて育ち、自分はできるという全能感を持ったまま現場に出る。だから、他人の力を借りるとか、自分の弱いところを出して助けてくれなどと言えない。人間の弱さへの共感もない。幅広い人間性に欠ける傾向にあるのだろう。

違う言葉で言えば、人間の弱いところ、不安だとか恐怖感、甘えを、医師はそのまま受け入れることができない。結局、「私がもっとやらないといけない」となってしまう。

もうひとつ例を挙げれば、「チーム医療」。「チーム医療だから私の言うことを聞け」と言う教授をよく見る。こういう医師は、チーム医療を野球からイメージしている。自分はチームの監督だから「私の言うことをきけ」とやる。そして、ファーストにはファーストの役割だけ果たせ、決してショートの役割などしなくていいと役割を限定してしまう。

ところが、たぶんチーム医療の本来の意味は、ラグビーのイメージだ。監督は観客席にいて戦いぶりを見る。フィールドにいる者に一応役割はあるけれども、要は自分で考えて、今の場の雰囲気を読んでプレイをする。場を読み自分のポジショニングを考えながら点を取りに行く、トライする。これが本来のチームだろう。医師の場合なら、今、それぞれが何をしないといけないかを読み取って医療をする。これが本来のチーム医療だ。しかし、日本の医師は、これができない。ラグビーをイメージしたチーム医療をすれば、今の少ない数の医師でも、医療はまだ十分にやれるに違いない。

■略歴■
信友 浩一 九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授
1971年九州大学医学部卒。九州大学医学部助手。78年医学博士。80年ハーバード大学大学院(公衆衛生学)卒業。82年国鉄中央保健管理所主任医長、88年厚生省を経て96年九州大学大学院医学研究院医療システム学分野教授。01年から04年まで九州大学医学部附属病院副病院長兼任。

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「緊急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の見解を代表するものではございません。
# by hpij | 2008-12-18 10:20 | 新政権への緊急提言
【緊急提言】第7回「公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を」
【緊急提言】第7回「公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を」_b0144534_1620749.jpgその時期が注目されている衆議院の解散・総選挙にあって、最大の争点と考えられるのが医療政策。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。

第7回にご登場いただくのは、東京大学大学院経済学研究科教授吉川洋氏。今年11月に出された社会保障国民会議の最終報告が各界で大きな話題となりましたが、吉川氏はその会議の座長でもあります。
 
インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われています。

【緊急提言】第7回「公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を」_b0144534_1517983.jpg

<質問項目>
1.医療政策における重要課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。






1.医療政策における重要課題は?

医療(入院)と介護の関係の整理

日本の医療・介護体制を長期的な視点から見ると、医療――とりわけ入院――と介護との連携に課題がある。11月4日に発表した社会保障国民会議の「最終報告」では、こうした観点から、高齢化の影響に加えて、医療・介護サービスにつきあるべき効率的な提供体制が実現したケースを前提にして、シミュレーションを行った。あるべき効率的な提供体制とは、病院はあくまで急性期の治療に専念する場所とし、高齢者の中長期的なケアはできる限り病院の外で行う「介護」として捉えるものである。

地域における医療連携の推進

私は社会保障国民会議座長という立場上、医療関係者から医療現場の現状について話をうかがう機会が多い。医師との会話、とりわけ勤務医の方の経験談を通して、医療施設と地域の連携をより良くするための取り組みが必要だと実感している。もちろん、そこには病院と診療所の連携も含まれる。

最近、東京都内で妊婦のたらい回しという不幸な事故が起きた。これを受けて東京都知事が、開業医に病院産科のサポートを要請するにいたったのは、病院と診療所の連携の必要性を表す象徴的な例だと思う。

日本で医療連携が進まないのは、通常の病院へのアクセスが良すぎる点に一因があると言う識者もいる。‘アクセスフリー’のしわ寄せが、いざというときの受け入れ体制を脆弱にしているのかもしれない。医療施設と地域の連携、病院と診療所の連携。それらの推進は、診療報酬体系とセットで考えることが有効だろう。

医療と患者の関係の再構築

「医療と患者の関係」の再構築は、社会保障国民会議座長の立場としてではなくわたくしの純粋な個人的意見だ。私は、医師、医療者と患者の関係が、今、危うい状況にあると感じ、憂えている者のひとりだ。

モンスターペイシェント、そして、その背景に見え隠れする医療訴訟の問題が、多くの医師の頭を悩ませていると聞く。友人の医師から、自分が勤務する病院の夜間救急に搬入されてくる患者の4割が単なる「酔っぱらい」だと聞いて驚くと同時に、現場の医師たちの苦労に胸が痛んだ。

何か事が起きたときに、医療事故か医療過誤かを判定する医療事故調査委員会の設立が検討されている。法整備も含めて医療提供者と患者の関係を確立することが望まれる。医師も人間、当然エラーはありうる。罰せられるべき悪質なケースもあると思うが、そうでない多くのケースで医師が必要以上に悩み苛まれるのであれば、それは結局「医療崩壊」を通して患者に返ってくる。

いずれにしろ、社会全体が、医療関係者に感謝する気持ちを持たなければ、医療の諸問題の解決は始まらない。医師がしっかりとした仕事を成し遂げたなら、患者は「ありがとう」と言うべきであるし、言える環境であってほしい。もちろん、医療提供側の情報開示が十分でなかったなど、国民の信頼を少しずつ失ってきた経緯はある。

しかし、だからこそ急ぎ両者の関係を整理して再構築しなければ、取り返しのつかない事態になる。医師が安心して働ける、そして国民が安心して医療を受けられるルールづくりが必要だ。


2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

医療保険 + 税金

医療に関する財源は、基本的に公的な医療保険とすべきと思う。ただ、現実論として、保険料の引き上げを青天井と考えるのは、無理がある。最近も大手企業の組合健保が解散し、政管健保に移管される事例が報告されている。まさに保険料引き上げに対する、わかりやすい「NO」の姿勢の表れと言えるだろう。このような動きは、今後、ますます広がる可能性もある。

保険料引き上げで充当できない分は、税金を投入するしかない。相当な額になるとは思うが、とにかく公費、税金を投入するかたちで、医療保険、介護保険を支える以外に手段はない。


3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。

政策議論における交通整理

私たち経済学者の役割は、医療政策の議論における交通整理に尽きるだろう。

政策決定とは、突き詰めれば価値判断だ。最終的には、国民の価値観に沿って判断され、決定されるべきだと思う。問題は、その途上で議論が錯綜すること。少なくとも誤解にもとづいた百家争鳴は、国民の益とはならない。したがって私たち学者は、その交通整理に力を注ぐべきと思っている。


4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

国民への正しくわかりやすい情報の提供

テーマがなんであれ、何がしかの判断を下すには正しい情報が必要だ。特に医療は複雑であり、問題を理解し、解決策を見出すには正確な情報が必須と言える。

国民は、社会保障の専門家ではない。自身や家族が病気になって初めて医療について何かを感じ考えるもの。より分かりやすい情報が与えられなければ、医療政策について確かな理解のもとに賛成、反対の意思表明をすることは無理だ。

日本医療政策機構のような組織には、わかりやすく正確な情報を国民に提供する部分を担ってもらいたい。国民に正しい状況と情報を知らせ、日本の医療政策を正しい方向に導いていってほしいと考える。

例えば常々残念に思うことのひとつに、高額療養費制度の認知度がきわめて低いことがある。これは、医療保険における自己負担額の月々の上限を定めた制度で、スタンダードなケースでは、上限は8万円+アルファ。具体例を挙げれば、たとえば1ヵ月の入院で150万円要した場合、3割負担の計算では45万円が自己負担となるが、高額療養費制度が適用されれば10万円ですむ。

私は、日本の医療保険は3割負担ではなく高額療養費制度が担っているとさえ考えている。しかし、この制度はあまりにも知られていない。しかも、昨年まで患者からの申告なしでは適用されなかった。昨年から条件付きだが申告なしでも適用されるようになったが、未だに、支払いが1医療機関で発生した場合のみ、医療機関での支払い時に高額療養費制度が適用され「月限上限」以上支払わなくてもすむ。複数の医療機関での支払いの月額総額を管理・計算するシステムがないからだという。したがって、多くの患者が自ら計算して申告しなければ制度を使うことができないままだ。

優れた制度であっても、国民が知らなければないのと同じ。医療政策機構には、高額療養費制度も含め医療において知るべき情報を国民に広く提供することを期待している。

5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。
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公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を

私は、公的医療保険、さらに言えば社会保障は原理的には自動車保険と同じだと思っている。自動車保険に入るときには、保険でカバーされる範囲と保険料の額を比較しつつ、自分にもっとも適当だと判断される内容で契約を結ぶ。医療保険も基本は同じ。負担と給付されるサービスを比較してバランスのいいところで保険料を決める。違いは、各自がバラバラに契約するのではなく、社会保険として国民全体で契約する点だ。

要するに、今、必要なのは、国民がみんなで医療保険がカバーする範囲と負担額を比較して徹底的に議論することだ。

あくまで私見だが、医療保険は、公費や税を投入しても、必ずしもお金が潤沢というわけにはいかないのではないかと思っている。そうした状況に備える意味でも、公的医療の範囲と負担について国民的な議論を深めておくことが必要だ。

■略歴
1974年東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院に進学(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学、大阪大学を経て、現在東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授、内閣府経済財政諮問会議民間議員。専攻はマクロ経済学。主な著書に,『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、1984年、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞)、『日本経済とマクロ経済学』(東洋経済新報社、1992年、エコノミスト賞)、『ケインズ』(ちくま新書、1995年)、『高度成長』(読売新聞社、1997年)、『転換期の日本経済』(岩波書店、1999年、読売・吉野作造賞)、『現代マクロ経済学』(創文社、2000年)、『マクロ経済学 第2版』(2001年、岩波書店)『構造改革と日本経済』(2003年、岩波書店)など。

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「緊急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の見解を代表するものではございません。
# by hpij | 2008-12-09 14:53 | 新政権への緊急提言
【緊急提言】第6回「Transparency(透明化)」
【緊急提言】第6回「Transparency(透明化)」_b0144534_1620749.jpg衆議院の解散・総選挙の最大の争点になると予想される、医療や年金など社会保障の問題。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。

マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン
ルードヴィヒ・カンツラ氏


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第6回にご登場いただくのは、経営コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーでヘルスケア分野のエキスパートとして活躍されているルードヴィヒ・カンツラ氏。

カンツラ氏が所属するマッキンゼーは、世界各国の医療制度改革プロジェクトを数多く支えてきており、最近では日本の医療制度改革の一貫として、国際比較分析と課題整理を進められています。

カンツラ氏はこれらのプロジェクトのリーダーの1人として活躍されております。




インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われました。

<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、課題解決のために自身が行っている、あるいは行おうとしていることは?
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードは?



1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?

医療の質の向上

日本には設備の充実した医療機関が数多くあり、誰もがそうした医療機関や高名な医師の診察を受けられるだけのアクセスの良さがある。この点は、医療機関受診のために長期間待たなければいけない他の国と比較すると対照的だ。
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しかしながら、アクセスの良さのせいで、一見質の高い医療を受けられているようにも見えるが、残念ながら、総評として、国民が享受している医療の質は高いとは言い難いという印象を持っている。

日本の医療が、必ずしもスタンダードレベルに達していない原因のひとつは、医師が継続して勉強することに対する評価システムが確立されていないこと。

ひとたび国家資格を取得した後、資格審査も免許更新もないのでは、最新の医療技術や知識の獲得は医師個人の努力に任される。したがって、知識不足の医師も少なくない。医師の資格審査や技量認定に関しては、厳正なるチェック体制が必要だと思う。
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もうひとつの原因は、皮肉なことにアクセスの良さに起因しているようだ。アクセスが良いせいで、「ドクターショッピング」なる現象が起こっている。患者が主導権を握り、気に入らなければ、すぐに別の医師にかかってしまうのだ。それは国民にとってある意味、都合はいいが、医師が「患者に嫌われたら経済的に困る」と考えた場合は、きわめて大きな問題となる。

また、日本では、専門医や他の医療機関などに患者を紹介すると、患者を失うことにつながりえるため、なんとか自分のところで医療を完結させようと考える。こうした点も、提供される医療の質のばらつきにつながっているだろう。


医療の透明化(データの収集、公開と分析)

日本の医療には、透明性が足りないと感じる。まず、行政の医療に関する情報の公開が不足している。社会に向けて情報が公開されれば、医療制度の方向性について国民がもっと考えるようになるはずだ。

透明化されるべき、もう一つの重要な点として、私は病院間や医師間の情報の透明化について述べたい。

病院オーナーは常に周辺医療機関の医療設備や、現在の最先端の医療技術や治療方法についてリサーチし、遅れをとっているとわかれば、これらの改善に取り組む。制度や規制による罰則やインセンティブなどなくとも、皆当たり前のようにそのような姿勢を持ち合わせている。日本の病院オーナーが、それをしようにも、自分の病院と他と比較できるだけのデータがない。病院に関する情報も口コミが主で、これは医療の質に影響する大問題だろう。

また、医師の間でも自分が全体の中のどこにいるのか、自分の診療レベルが高いのか低いのかそれを判定する方法がない。何らかのデータベースとベンチマークの発想があってもよいだろう。DPC(診断群分類包括評価)が導入され、ようやく急性期病院のデータが集まるようにはなった。しかし、透明化については改善の余地があるのではないだろうか。データをそのまま羅列して公開するだけでは、データから何が読み取れるかは一部の専門家にしかわからない。DPCデータが、医師や国民の意識変革のためではなく、入院期間の短縮や病床削減を推し進めるための材料として使われるにとどまっている。

今、問題視されている救急医療体制についても、透明化された医療圏データをもとに、必要とされる救急医療体制を敷き、バックアップの体制が築かれれば、いまの状態を脱せられるだろう。これは、地域による医療格差の問題でも同様。全国からデータが集まっていれば、全国平均に対してどの地域のどの部分に、どれほどの格差が生じているのかがわかり、具体的な対策も講じられるだろう。


医師不足の解消

医師数の不足に関しては、文部科学省によって医学部定員枠の拡大などが行われた。しかし、それだけでは問題の解決には程遠い。私は、さらに2つの策を講じなければ、医師不足の解消はおぼつかないと考える。

ひとつは、医療や医師への依存度を下げる試みだ。医学部定員枠拡大の成果を見るには、少なくとも10年は要する。その間手をこまねいているわけにはいかない。

日本の国民は海外の国民にくらべて、はるかに頻繁に医師の診察を受けている。いったん入院となれば、在院日数も飛び抜けて長い。それらを是正すれば医師にかかる負担は軽くなり、医師の不足感は和らぐだろう。これら受診頻度と入院日数などの課題に取り組まなければ、将来的に医師の供給が増えても、結局は不足感は解消しない。
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もうひとつは、専門医数のセントラルコントロール。日本の医師不足の大きな要因は、医療のニーズと専門医の供給の間にある大きなギャップだ。ニーズに対して医師の供給が少ない診療科に人材を送り込み、足りている診療科は絞る。需給をマッチさせるようにコントロールするシステムが必要ではないだろうか。

同様のコントロールは、地域間の医療供給量を均一にするためにも、必要だろう。


2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

医療制度の在り方についての議論、選択。その後、財源についての議論、選択

日本の財政状況から将来の医療費の不足を推測すると、今、できること、可能なことは、すべて即時に実行しなければならないのは明白である。しかしながら、慌ててはいけない。今後、日本がどのような医療制度を築くかについての議論を行い、何を選択するのかを明らかにすることを優先させるべきだ。

現行の平等性の高いシステムは、残念ながら破綻の危機にある。それをこのまま立て直そうとする場合と、異なったシステムに変える場合とでは、当然ながら、必要な財源はかなり違ってくる。
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財源をどこから取るのか。たとえば、すべてを税金でまかなうイギリスと、すべてを保険料でまかなうドイツでは、当然ながら大きく異なる。

医療費の公的負担と個人負担のバランスをどうするのか、国民的議論を経て、早急に決定すべきと考える。

なお、たばこ税増税については、検討の余地はあるだろう。ただ、たばこ税に国民の健康増進の効果も期待されているようだが、それに関してはどうだろうか。たばこ税増税が喫煙率を下げると考えるのは、少々短絡的だろうか。たばこ税の低い国で喫煙率が高いとは限らない。

私は、喫煙率は税制度よりもむしろ、社会の嫌煙感によって抑制されると考える。政府が喫煙率の低減を望むなら、増税よりも健康教育に力を注ぐほうが効果的だろう。政府による教育や啓蒙が不足していると思う。これは、たばこ対策のみならず、さまざまな分野に共通している。


3.挙げられたような課題を解決するために自身が行っている、あるいは行おうとしていることは?

議論のたたき台としての資料提示

現在、私たちは、日本の医療制度の課題、問題点を探り、解決策を模索する「Japan Health System Project」に取り組んでいる。数多くの海外の制度や事例を分析し、国内外の専門家の協力も仰ぎながら実施している本プロジェクトを通じ、日本の医療制度を考えるにあたっての有意義な資料を提示できれば本望だ。

医療制度の問題は、視点を国内だけにとどめていてはなかなか解決には至らない。私たちの提示する案や意見も参考にしていただき、有意義な議論が展開されることを願う。

ちなみに、現在、日本国内にある議論には2つ大きな疑問を感じている。

一点目は、議論のテーマがあまりに各論に偏っている点。いきなり医師不足や混合診療の是非について議論を白熱させても、全体像に関するコンセンサスが不在では、議論もかみあわない。要は、議論の順番の問題である。全体像に関する議論と合意があって後、さまざまな各論があるべきだ。

二点目は、個人が個人の主張ばかりをしているように見える点。関係者個々は、非常によく勉強されており、問題を高いレベルで理解されているのに、意見は各々の立場を守るほうに向く傾向があり、譲歩もない。協力する、コラボレートするという思考なしでは、いつまでたっても意見と意見が平行線のままではないだろうか。


4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

日本医療政策機構が、医療問題に関する国民への啓発活動を担っている点に関しては、高く評価し、今後に大きな期待を寄せている。

日本の医療制度の課題に対して、国民が当事者意識をもって全体で解決していく流れを促進していただく役割を期待したい。

また、啓発にとどまることなく、積極的に具体的政策の提言を行い、実現のための力を生み出せる組織になることを期待したい。


5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードは?

【緊急提言】第6回「Transparency(透明化)」_b0144534_14303773.jpgTransparency(透明化)

データを裏づけとした論拠がない状態で政策を話し合っても、議論のための議論に終始するのが落ちだろう。全国的なシステム構築をめざすなら、現状認識、将来展望、目標設定などを信頼に足るデータのもとに行い、大きなコンセンサスを形成することがよいだろう。実際に、先駆的試みをしている国では、そのような取り組みを行っている。日本においても、医療セクターにおける情報の透明化を、先進国標準レベルまで引き上げる必要がある。

また、日本の医療制度についてオーナシップをもった人物、機関、団体がどこなのかが明確ではないという課題もある。責任と決定権の不明瞭さは、リーダーシップの欠如につながり、制度改革の足かせになる。この点についても、改善が必要だろう。

日本は、変革に関してかなり大きなポテンシャルを持った国だ。課題解決に向けて、その道は簡単ではないだろうが、その道を進むことで、可能性を開花させることを願ってやまない。

■プロフィール■
ドイツに生まれる。高校卒業後、ドイツにて救命救急士として2年間勤務。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒。その後、オックスフォード大学にて経済学修士・博士号取得。1995年より日本在住。2年間、日本銀行金融研究所に客員研究員として所属。その後、多国籍メーカー企業に入社し日本部門営業部長として勤務。2001年マッキンゼー入社。アジア諸国(主に日本)でのヘルスケア分野を主に担当。ハイテク分野も一部担当。事業成長、既存製品の売上拡大、新製品発売、営業・マーケティング・研究開発部門の強化、日本官公庁プロジェクトなどに従事。日本をヘルスケアリーディング国に推し進めることを目指している。



■関連報告書■
Addressing Japan’s health care cost challenge
Full report: The challenge of funding Japan’s future health care needs
The Challenge of Reforming Japan's Health System

※カンツラ氏がご講演されるシンポジウムのご案内を掲載いたします。詳細は下記までお問い合わせください。
病院可視化ネットワーク第6回ワークショップ
『病院マネジメントの可視化―医療の質の向上と効率化の同時達成を目指して―』

日時:H20年12月7日(日) 時間:10:00-16:40 (受付9:30より)
会場:六本木アカデミーヒルズ 49Fタワーホール
参加費:無料(先着300名様)

お申し込み受付は事前登録が必要で先着順となります。

主催:東京医科歯科大学大学院医療経済学分野
併催:日本医療・病院管理学会第270回例会

<連絡・お問い合わせ先>
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 医療経済学分野 (担当:宇野)
電話:03-5803-5931

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「緊急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の見解を代表するものではございません。
# by hpij | 2008-12-03 17:02 | 新政権への緊急提言